Pickupコンテンツ - 李政秀
理想の豊胸術ってどんなもの?
豊胸術は、人工乳腺や脂肪などを今のバストに入れるというシンプルな手術で、豊胸術を行う美容外科医の中には、乳房の解剖についてあまり知識のないまま、この手術を行っているドクターもいます。でも、手術自体の安全性はもちろん、手術後長期にわたってその形態や安全性を保っていくことを考えると、この手術は決して単純なものではなく、実際、わずかな違いが術直後や長期の経過に大きな差となって出てきます。
また、いずれの術式で行ったとしても、定期的な健診によるフォローが必要です。
最近は、乳がんで乳房を失われた方に対して、美容外科手術で用いられるものと同じタイプの人工乳腺を使用した乳房再建術を行うことが増えてきましたし、2013年の7月から保険適応にもなりました。
保険適応となるに際して、学会では、人工乳腺の経過を少なくとも10年間はMRIや超音波を用いて経過観察する必要があるというガイドラインを出しています。
美容目的で人工乳腺を入れた方も同様に、長期にわたった経過観察が理想であると思います。
乳房再建という手術には、がんの術後という厳しい条件の中で健側(手術していない側)に近いバストを作るという難しさがあります。
でも、一般的な美容目的の豊胸術でもそれと同等、場合によってはそれ以上の難しさがります。
それは、そういった豊胸術では、正常(病気のない)バストに施術を行うため、求められるゴールがよりシビアになるからです。
ではこの求められるゴールとは何でしょうか?
もちろん人によってそのゴールは違うと思います。
でもほとんどの方にとって一番大切なことは、どれだけ自然なバストになるかということです。
これは、手術を受けられる方はもちろん、この手術を行う美容外科医にとって永遠のテーマとも言えます。
自然と一言で言っても、それにはいくつかのポイントがあります。
まずは、見た目が自然であること
明らかに人工乳腺の辺縁が浮き出てしまっているケースや、バストの形自体が不自然であるのは、豊胸術ではやはり避けなければならないことです。
次に、感触が柔らかいこと
女性のバストはもともと乳腺組織と脂肪でできています。
脂肪は言うまでもなく、とても柔らかい組織です。
乳腺組織は多少弾力感があるので、特に若い方で乳腺の比率が高い方のバストは多少弾力感が強いのですが、それでも当然カチカチなんてことはなく、それなりの柔らかさはあります。
ですから、バストが柔らかいことは豊胸術で重要なポイントになります。
もう一つは可動性が高いことです。
天然のバストで、それなりの大きさがある方は、そのバストを寄せたり上げたりすることができます。 走ったり跳ねたりすれば揺れますし、体を横にすれば流れるような動きもあります。
ですから、たとえば同じ柔らかさの人工乳腺であれば、動きがないよりあったほうが自然ですし、感触的にもより一層柔らかく感じると思います。
主なポイントを三つ挙げてみました。もちろん細かいところを言えばほかにもいろいろありますが、話が複雑になってしまいすぎないよう、今日はこの3点についてもう少し深く考えてみたいと思います。
豊胸術を行う場合、その方法は主に3つあります。
一つは人工乳腺を挿入する方法、もう一つは脂肪を注入する方法、最後の一つはヒアルロン酸を注入する手法です。
それぞれメリットデメリットがありますが、簡単にそれについてまずは触れてみたいと思います。
この3つの中で手軽なのは当然ヒアルロン酸の注入による豊胸術です。
その手軽さがメリットですが、欠点もあります。
一番の欠点は、徐々に吸収されていって最終的に元に戻ってしまうことです。
一般的には、およそ1年前後で吸収されてしまいます。
バストに注入するヒアルロン酸は、お顔に使うものなどに比べると安価なのですが、それでも片側に100cc程度注入すれば、人工乳腺による豊胸術に近い費用がかかってきます。
それも100ccという量は決して多いわけではなく、カップサイズで1サイズ大きくなる程度です。
ちなみに当院にある一番小さな人工乳腺が100ccくらいです。
さらには、人工乳腺であれば、よほどのことがない限り入れ替えの必要もありませんが、ヒアルロン酸は先ほどお話ししたように1年前後で無くなってしまいますので、かなりもったいない気はします。
最近は、あまり細かく分散させず、なるべく大きな塊(かたまり)でヒアルロン酸を注入することで吸収を遅らせる工夫をすることもあります。
どうして塊で注入した方が長持ちするのでしょうか?
この理由の一つが体積と表面積の関係にあります。
注入したヒアルロン酸はその周囲から徐々に吸収されていきます。
そのため、表面積が大きければ大きいほど吸収が早くなります。
同じ量のヒアルロン酸であれば、細かく分散させるより塊にした方が表面積が小さくなります。
このことを理論的に理解しようとすれば、中学校の数学で覚えたはず(?)の球の体積と表面積を導き出す公式が必要になります。
確か 表面積S=4πr² 体積V=3/4πr³ だったと思います。
これを使って計算すると、例えば8ccを1か所に入れるのと1ccずつ8か所に入れるのでは後者の表面積が2倍になります。 これが27ccであれば3倍、96ccであれば6倍という具合になります。
つまり100ccを1か所で入れるのと1ccずつ分散させて入れるのでは吸収のスピードが6倍違うということになります。
もちろんこれはあくまで理論値ですし、注入されたヒアルロン酸は球というより楕円体になるので、現実はそこまでの差ではありませんが、もっと大きな差になることもあります。
これは、一塊となったヒアルロン酸の周囲に被膜が形成された場合です。 大きな塊となったヒアルロン酸は異物としての反応が強くなるので、少量ずつ注入されたヒアルロン酸より、しっかりとした被膜が周囲に形成される傾向にあります。
この場合、周囲の組織とヒアルロン酸が断絶されるので、数年経過してもほとんど減少しないこともあります。
ただし、こういった被膜に包まれたヒアルロン酸の塊は、時としてしこりのような感触となるのであまり自然ではありません。 特に被膜が厚くなってしまった場合は、かなり固いしこりになります。
つまり、最初のお話の「自然さ」の3つのポイントの一つ、「柔らかさ」の面で劣ります。
どうしてもこの感触が気になる方には、外部から被膜を壊して柔らかくする方法もありますが、それによって吸収されやすくなってしまいますので、痛し痒しといった所です。
私自身は、こういった特徴ををご本人にお伝えした上で、選択いただくことが多いのですが、最近はあまり細かく分散させず、かといって一か所に集中することもせず、数か所に分けて注入することが一番多いと思います。
いずれの方法を用いたとしても、硬い被膜を作ることさえなければ、ヒアルロン酸自体は液体に近い物質なので、感触面では非常に柔らかく自然です。
では、残りの2つのポイントはどうでしょうか?
動きに関しては、注入される場所が皮下や脂肪内であるため、当然そういった自分の組織と一緒に動きます。そのため、自然であると言えます。
形はどうでしょうか?
これについても、大きなしこりを作らない限り、ある一定量までは自然な形になります。一定量と申し上げたのは、ヒアルロン酸でも大量に注入すると結構不自然になるケースがあるからです。
ヒアルロン酸は、液体に近い物質ですから人工乳腺のような固形物に比べると、バストを前方に押し上げる力は決して強くありません。 皮膚に余裕がある方ならいいのですが、そうでない方に大量にヒアルロン酸を注入すると、前方に大きく膨らまない分、横方向に広がっていきます。
最近、立て続けに3人ほどそういった方を診察しました。
そのうちお二人は同じクリニックで注入された方で、残りの一人は海外で治療を受けた方でした。
3人とも、注入されたヒアルロン酸が鎖骨の方や脇の方まで広がっていて、見た目にも不可思議な形のバストになっていました。
もちろん、ヒアルロン酸であれば分解することも可能ですし、塊で残っていればエコーで確認しながら穿刺(針を刺す)し、吸引することもできます。 でも、高額な費用をかけ、注入したものを除去するなんて、非常にもったいないと思います。
ですから、ヒアルロン酸での豊胸術は、手軽だからと安易には考えず、その限界や、費用とのバランスを考え、慎重に判断すべきと思います。
ヒアルロン酸のお話のついでに、最近一部のクリニックで導入されているもう一つのフィラー(注入物)について触れておきたいと思います。 韓国で開発された物質で、当然韓国製です。
これはアクアフィリングという物質で、98%の水分と2%のポリアミドで構成されおり、生理食塩水を加えることで分解されます。
特徴としては、持続期間の長さで、3から5年かけてゆっくり吸収されていきます。 実際使用されているクリニックの症例写真や学会での報告を見る限り、見ための状態はヒアルロン酸による豊胸術と何ら変わりません。
それでいてヒアルロン酸より長持ちするのであれば、ある意味理想的な素材といえます。
でも今のところ、当院ではこのフィラーの導入は考えていません。
個人的には固形の人工物より、注射で注入するフィラーの方が、何かトラブルに見舞われた際は、重篤な事態に陥りやすいと考えています。
過去にも、絶対安全という触れ込みで海外から導入されたフィラーで、数年後に問題が発症し使用禁止になったことがありました。 ですから、この素材の長期経過のデータを確認せずに、安易に飛びつくのは怖い気がします。 別にアクアフィリングを否定しているわけではありません。 実際、私の二の腕には、実験目的で注入したアクアフィリングが数cc入っています。
結構柔らかく、感触的にはグッドです。でも、注入後、ヒアルロン酸では体験したことのない長期にわたる痛みと発赤がありました。 もちろん、私の体質が特別だったのかもしれません。
でも、少なくてもあと数年、自分自身で安全と思えるまでは、患者さんに使用することはないと思います。 ヒアルロン酸の話だけでかなり長くなってしまっていますが、もう一つだけお話しさせていただきたいと思います。
最近多くなってきた人工乳腺からヒアルロン酸への入れ替えです。
特に、人工乳腺特有の感触が気になる方や、お年をとって古い人工乳腺を体内においておくのが心配な方の中で、人工乳腺を抜去した後にバストが小さくなってしまうのが嫌な方にお勧めの治療です。
人工乳腺を入れている方は、その周囲に薄い被膜が形成されています。 これは、異物ではなく自分の体が人工物に反応して作った膜です。 この手術では、この膜を利用します。
つまり、人工乳腺を抜いた後、この被膜の中にヒアルロン酸を注入することで、バストのボリュームを維持します。 先ほど述べたとおり、しっかりした皮膜に包まれたヒアルロン酸の吸収は非常に遅いため、通常よりかなり長く保ちます。
さらに、時間が経って減った分のヒアルロン酸は、エコーで被膜のあるスペースを確認して、ここに針を穿刺することで、追加することが可能です。 この治療は、基本的には元の人工乳線が入っていたスペースを利用するため、人工乳線が入っていた時の形に近くなります。
もちろん、注入量を減らすことで、より自然に見せることもできますが、被膜拘縮などで変形の強いバストの入れ替えではお勧めできません。
ここでは具体的な注入法の詳細には触れませんが、一期的に予定のすべての量を注入することはせず、二期的に行っています。
豊胸術という手術については、特に強いこだわりがあります。
というのは、私自身、美容外科の世界に入る前、一般外科、乳腺外科医として乳がんの治療に携わっていたからです。 乳がんの治療では、早期の場合は、乳房自体は極力温存して患部とその周囲のみを切除し、その後に放射線治療や化学療法を行います。
でも、ある程度進行してしまうと、再発のリスクを減らすために乳房全摘術(乳房をすべて切除する手術)が選択されます。 私が乳腺外科医として勤務していた当時は、今以上に全摘の比率が高かったため、乳房を失ってしまった患者さんをたくさん見てきました。 そういった患者さんと接する中で、女性にとっての乳房の重要性は痛いほど強く感じていました。
どうしても失ったバストを取り戻したい方には、乳房再建と呼ばれる乳房を作る手術を、がんの手術後に受けていただいていました。
ちなみに、この乳房再建術は、以前は自分の別の部分の皮膚や筋肉などを用いて行うことが多かったのですが、最近は豊胸術で用いるのと同じ人工乳腺を使用することが増えてきています。
これは、コヒーシブシリコンと呼ばれる、中身が漏れる心配がなく、形も自然な人工乳腺が開発されたことが大きく影響しています。
つい最近までは、こういった治療は保険外になっていましたので費用も高額でしたが、前述したとおり、2013年の7月から保険適応となりました。 それに伴ってこういった治療が保険でできる病院も、学会の厳しい審査をクリアした認定施設のみとなりました。
当然、こういった認定を受けるためには、設備を含めしっかりとした体制が整っていることが条件になります。
そのため、個人レベルのクリニックが認定されることはまれで、そのほとんどが大きな施設です。実際、認定機関のほとんどが大学病院や大規模な総合病院です。
実は私が管理者をしているヴェリテクリニック名古屋院は、この認定施設になっています(一般社団法人オンコプラスティックサージャリー学会より認定)
美容外科専門のクリニックがこういった認定を受けることは非常に珍しく、これもひとえに当院の乳房に対する取り組みや、そういった治療を可能とする設備などを認めていただけたからと考えています。